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歯ブラシが現在のような形に落ち着いたのは?

2017-05-30 (Tue) 13:26
皆さん、こんにちは歯科衛生士の濱野です。

立夏を迎え、新緑が目に眩しい季節になりましたが、お変わりなくお過ごしでしょうか。

さて、今回は私たちの生活にとって、身近な存在の歯ブラシについてお話をしたいと思います。
皆さんは歯ブラシが現在のような形に落ち着いたのは、いつ頃のことかご存知でしょうか?

ヨーロッパでは、17世紀代にはすでに「現代と同じ形の歯ブラシ」がつくられたと言われています。
しかし、18世紀になってもまだまだ歯ブラシは使用されなかったようです。一般家庭での歯磨道具はもっぱら、木片や布、羊毛、スポンジを用いて磨いていました。(実際は、磨くことより、うがいをしたり歯を拭くことが、主な手入れ法)
歯ブラシなんて贅沢品であり一般庶民には高嶺の花。一部の貴族達や、上流社会で使用されたにすぎなかったのです。
ところが、なんと中国では、ヨーロッパよりも7世紀も前の959年頃に、現代と同じ様な形の歯ブラシが、お墓の埋葬品から発見されたのです。歯ブラシの柄は象牙製で、刷毛は動物の毛でつくられていました。高僧道元(曹洞宗)が宋に留学中(1223年)に、「牛の角製の「現在と同じ様な歯ブラシ」の柄に馬の毛を植えたものが使われていた。」と、" 正法眼蔵 "の中に記述されています。
一方、日本では明治初期に「楊枝・房楊枝 」に変わり、「クジラ楊枝(歯ブラシと言われる前段階のもの)」に変わりました。田部其外らが 当時、インド(イギリス領)から伝わってきたのをまねて、クジラの髪と、馬の毛を合わせてつくったのが現代と同じ形の歯ブラシの始まりと言われています。
しかし、まだ歯ブラシとは呼ばれずに、「クジラ楊枝」と呼ばれ、大阪を中心に販売されました。
明治24年には現在とまったく変わらない形の歯ブラシになりましたが、まだ誰にも名称を「歯ブラシ」とは呼ばれませんでした。このころの万国博覧会で房楊枝の展示に代わって歯ブラシの出品があったため、このころが日本国内での歯ブラシの出現時期とされています。明治末期には、やっと歯ブラシと呼ばれるようになりました。ライオン(明治29年)から販売された「ばんざい歯ブラシ」で、旧東京歯科大学の”歯ブラシ研究会”の指導を受けて製造されたと言われています。

歯ブラシが現在のような形に落ち着くまでに、こんなにも長い変遷を辿ってきたのですね!
私も驚いてしまいました‼︎
身近な物の歴史について調べてみると、意外な発見があり、面白いですね(*^_^*)

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